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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5437号 判決 1979年8月30日

原告

石山勝也

原告

日本火災海上保険株式会社

右代表者

右近保太郎

右両名訴訟代理人

神田洋司

外五名

被告

合資会社増田自動車

右代表者

増田敬司

右訴訟代理人

横幕武徳

主文

一  被告は、原告日本火災海上保険株式会社に対し、金三五万円及びこれに対する昭和五二年一二月三一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告日本火災海上保険株式会社のその余の請求及び原告石山勝也の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告石山勝也と被告との間においては、被告に生じた費用の二分の一を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告日本火災海上保険株式会社との間においては各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告石山勝也に対し、金五七万円及びこれに対する昭和五二年七月三〇日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告日本火災海上保険株式会社に対し、金八〇万円及びこれに対する昭和五二年一二月三一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は自動車修理等を業とするものである。

2  原告石山勝也は、昭和五二年七月二六日、被告に対し、同原告所有の日産フエアレデイーZLS三〇クーペ(相模五六ほ六三一三、以下「本件自働車」という。)の修理を依頼した。

3  被告は、修理のため、本件自動車を神奈川県足柄下郡湯河原町土肥一丁目一五番地の七所在の被告工場敷地内で保管していたが、同月二九日、本件自動車は何者かにより窃取され、被告の本件自動車の返還義務の履行は不能となつた。

4  原告石山は、被告の右債務不履行により、本件自動車の時価である金一三七万円相当の損害を受けた。

5  原告石山は、昭和五一年一二月一三日、原告日本火災海上保険株式会社との間で、保険金額八〇万円の盗難保険契約を締結していたため、原告会社は、昭和五二年一二月三〇日、原告石山に対し、本件盗難事故による保険金八〇万円を支払い、保険代位により、原告石山が被告に対して有する損害賠償債権を右金額の限度で取得した。

6  よつて、被告に対し、原告石山は本件損害賠償債権金一三七万円のうち原告会社が保険代位により取得した金八〇万円を控除した残金五七万円及びこれに対する本件損害発生の翌日である昭和五二年七月三〇日から支払済まで、原告会社は、右金八〇万円及びこれに対する損害発生の日より後である昭和五二年一二月三一日から支払済までいずれも商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は、日時の点を除き、認める。修理依頼がなされたのは昭和五二年七月二七日である。

3  同3の事実は認める。

4  同4、5の事実は不知。

三  抗弁

1  本件自動車返還義務の履行不能は被告の責に帰すべからざる事由に基づくものである。

(一) 原告石山は、昭和五二年七月二七日午前七時三〇分頃、友人と思われる者と連れ立つて来て、被告に対し、「本件自動車を三〇日に使用したいから、ぜひ二九日までにエンジンの調整とボンネツト二か所の塗装をして欲しい。」と依頼してきたのであり、被告は、約定どおり、同月二九日、右修理を完了した。

(二) ところで、本件自動車については、エンジン始動のための鍵とハンドル操作をするための鍵とドアの鍵の三つの鍵があり、被告は、原告石山から本件自動車の修理を依頼された際、右の鍵を預かつたが、本件自動車の修理を完了した後、被告は、原告石山が本件自動車を取りに来るとのことで、エンジン、ハンドル、ドアの順で施錠した上、被告工場敷地内に駐車させた。

(三) 右のように本件自動車のエンジン、ハンドル、ドアに施錠し、鍵は被告の事務所の一隅の保管場所に置いて、人が事務所に入つてくると夜間は非常ベルが始動し、昼間は赤いランプが点灯するようにして保管している以上、本件自動車を窃取し他に移動する危険は殆ど皆無であり、盗難を予見することはできないから、本件自動車を工場内で保管せず、工場敷地に駐車させていても、被告は、善良な管理者の注意義務を尽くしたものということができる。

(四) 被告は、昭和五二年七月三〇日午前七時頃本件自動車がなくなつていることを発見したが、昭和五三年二月頃になつて本件自動車が箱根山中の人目のつかない場所に放置されているのが発見された。ところが放置されていた本件自動車には、被告が原告石山から預つた三個の鍵と全く同一の鍵が使用されていたのであり、警察の捜査の結果によれば、右の二組の鍵は、同じ時期に作成され、同じように使いこなされているものであることが判明した。従つて被告が原告石山から預かつた鍵と同一の鍵を所持していた者が、被告において修理のため本件自動車を保管していることを知り(そのことは修理を依頼した原告石山以外の者は通常知り得ない筈である。)、当時被告工場敷地内に駐車してあつた六台の自動車の中から、本件自動車を窃取したものというべきであるが、原告石山以外に本件自動車の鍵を所持している者が存在し、しかもその者が被告において修理のため本件自動車を保管していることまで知つているなどということは被告の全く予見し得ないところであり、そこまで予見して自動車の保管をなすべき被告の注意義務は存しない。

(五) 仮に、被告の本件自動車の保管方法が善良な管理者としての注意義務を尽したものといえなかつたとしても、被告は、前記(一)のとおり、約定の本件自動車引渡時期である昭和五二年七月二九日までに本件自動車の修理を完了し、原告石山が本件自動車を引取りに来るのを待つたが、原告石山は被告の営業時間である同日午後五時半までに引取りに来なかつたのであるから、被告が履行の提供をしたのに原告石山がその受領を遅滞したものというべきであり、原告石山に受領遅滞があつた以上、被告は、同日午後五時半以降本件自動車の保管について注意義務を軽減され、自己の財産におけると同一の注意義務を尽くせば足るものと解すべきところ、前記の本件自動車の保管方法は右の注意義務を尽くしたものというべきである。

2  本件自動車の盗難に関しては、原告石山には次のとおり過失があり損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき斟酌さるべきである。

(一) 原告石山は、株式会社ユニオンモータースから本件自動車を買受けた際、本件自動車の鍵一組を受取つたが、その後、右鍵一組と同一のものを複製し、二組の鍵を所持するに至つた。

(二) ところが、原告石山が被告に対し本件自動車の修理の依頼をした際には、同原告の手許には同原告が被告に預けた鍵一組しかなかつたのであり、他の一組の鍵が第三者の手に渡つている可能性があり、いつ本件自動車が他人により運転されあるいは盗難にあうかわからない危険性が存したのであるから、原告石山としては、被告に対し本件自動車の修理の依頼をする際、被告に対し、第三者が本件自動車の鍵を所持しており、本件自動車がいつ盗まれるかわからない危険性がある旨を説明告知すべき義務を信義則上負担するものと解すべきところ、同原告は、これを怠り、右の説明告知をしなかつた。

(三) 本件自動車の盗難事故は、原告石山の右の過失が決定的な要因となつているから、被告の損害賠償責任は否定されるべきであり、仮に右責任が否定されないとしても、その損害賠償額を定めるについては右過失が斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する答弁

1(一)  抗弁1(一)の事実中、原告石山が友人と連れ立つて被告に対し三〇日に使用したいからといつてその主張の修理の依頼したことは認めるが、被告がその主張のとおり修理を完了したことは不知、その余の事実は否認する。

(二)  同1(二)の事実中、原告石山が本件自動車の修理を依頼した際被告に本件自動車の鍵を預けたこと、被告が本件自動車を被告工場敷地内に駐車させていたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)  同1(三)の事実は否認し、主張は争う。被告事務所の鍵の保管場所には従業員その他の者が自由に出入りしこれを制限することがなかつたのであるから、鍵の保管について被告は注意義務を尽くしていないし、本件自動車の修理完了後の点検が十分なされていたかどうかも疑問である。

(四)  同1(四)の事実中、本件自動車が被告主張の日になくなつていたことは認めるが、原告石山以外の者が本件自動車の鍵を所持していたことは否認し、その余の事実は不知、主張は争う。原告石山が株式会社ユニオンモータースから本件自動車を買受けた際、鍵は一組受領したに過ぎず、本件自動車が鍵を使用して現場から持去られたのだとしても、被告が保管中のものが使用されたものとしか考えられない。

(五)  同1(五)の事実は否認し、主張は争う。

2(一)  抗弁2(一)の事実中、原告石山が株式会社ユニオンモータースから本件自動車の鍵一組を受取つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同2(二)の主張は争う。

(三)  同2(三)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実、同2の事実中日時の点を除くその余の事実、同3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次のとおり認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。

原告石山は、昭和五二年七月二七日午前七時三〇分頃、友人と共に被告方に赴き、本件自動車の修理を依頼し、「車は三〇日に使用したい。二九日頃取りに来る。」と申述べ、被告代表者は「その日に間に合わせるようにする。」と答え、その際、原告石山から本件自動車の鍵一組(エンジン始動のための鍵、ハンドル操作のための鍵、ドアの鍵三個一組)を預かつた。

被告は、同日から本件自動車の修理を始め、同月二九日午後五時三〇分までにこれを完了した。被告は、同月二七日、二八日には、本件自動車を被告工場内に格納して保管していたが、前記のとおり、二九日には原告石山が本件自動車を引取りに来るとのことであつたので、修理完了後、本件自動車のエンジン、ハンドル、ドアにそれぞれ施錠したうえ、工場敷地内の工場の前の場所に車首を工場に向けて駐車しておき、鍵は、非常ベル、赤いランプ等防犯装置のある被告の事務所の一隅の鍵保管場所に置いて原告石山の引取りをまつたが、同原告は引取りに来なかつた。

翌七月三〇日午前七時頃になつて被告代表者は本件自動車がなくなつていることに気付いたが、原告石山が合鍵を使用して持ち帰つたものと思つていたところ、同日午後二時前後に原告石山から「昨日は取りに行けなかつたから、今から車を取りに行く。」旨の電話連絡があつて初めて本件自動車が盗難にあつたことが判明した。

そこで、被告は、所轄警察署に被害届を提出し、本件自動車の行方を追及する一方、原告石山には代替の自動車を貸与するとともに示談交渉を進めたが、成立するに至らなかつた。そして、昭和五三年一月一四日頃に、保険金請求に必要であるとの原告石山の要請に応じ、被告の代理人である鎌田哲成弁護士は、同原告に対し、被告の預かつていた本件自動車の鍵を返還したが、同年二月に至り、本件自動車が箱根山中の人目のつかない岸下に転落し、放置されているのが発見された。右発見時には、本件自動車のエンジンの鍵が挿入されたままになつており、右鍵にその余の二個の鍵がリングで結びつけられていた。

ところで、原告石山は、昭和五一年一二月、株式会社ユニオンモータースから本件自動車を買受け、被告に預けた鍵一組を受領したが、それは当初から本件自動車に備えつけられていた鍵ではなく、これを基に作られたいわゆる合鍵であるところ、これと右発見時に本件自動車から発見された鍵とは、ほゞ同一の時期に作られた同型のものであることが警察の捜査の結果判明した。

被告は、南北と東西にそれぞれ通ずる公道が交差する十字路の東北側角地へ南北約二四メートル、東西約一五メートル)で自動車修理業を営んでいるが、敷地の北半分は、鉄骨造平家建作業場79.2平方メートル、木造平家建作業場68.58平方メートルで占められ、南半分の更に東側半分は鉄骨造平家建作業場56.73平方メートルで占められており、その西側部分が空地となつているが、この空地の南側は公道に接し、何らの障壁はなく、自由に被告の工場に出入できるようになつている。

被告は、修理依頼された車のうち、ドアやガラスが壊れており盗難の危険のあるものは工場内に格納して保管するが、施錠が万全のものは、夜間においても、エンジン、ハンドル、ドアに施錠したうえ、右空地部分で保管するのが常態であり、これまで盗難にあつたことはなかつたが、客の中には、合鍵を使用して、勝手に保管中の自動車を持帰る者もあつた。

2 右認定事実によつて、本件自動車の保管につき被告に過失がなかつたかどうかについて考えるのに、被告は、本件自動車につきその主張のとおり三段階の施錠をした以上、本件自動車を右空地部分に駐車させていても、これが、他に移動される危険は殆ど皆無であり、盗難を予見することはできないから、被告は善良な管理者の注意義務を尽くしたものということができる旨主張するが、被告主張の施錠をしても、本件自動車を前認定の空地部分に駐車している限り、本件自動車の合鍵を所持している者によつて他処に移動されるおそれはあり(被告がこれを経験していること、また被告代表者は、当初、本件自動車が合鍵を使用して持帰られたものと考えていたことは右認定のとおりである。)、更に、より巧妙な方法によつて施鍵の効用を毀滅したうえ本件自動車を窃取することも考えられない訳でもないから、被告主張の施錠をしたのみで本件自動車を右認定の空地部分に駐車させておくことは、到底本件自動車の保管につき善良な管理者の注意義務を尽くしたものということはできず、被告の主張は採用できない。

また、右認定事実によれば、本件自動車は、原告石山以外に本件自動車の合鍵を所持している者がおり、その者が何らかの事情で本件自動車が修理のため被告方で保管されていることを知つて、本件自動車を窃取したとの疑が濃厚であるが、他人の物の保管をも業とする自動車修理業者としては、前認定の空地部分で他人の自動車を保管する場合には、当然、自動車の合鍵の存在とそれによつて生ずる危険性を予見すべきであるから、この点に関する被告の主張も採用できない。

3  次に、被告は、原告石山の受領遅滞を前提として縷々主張するが、被告が約定の昭和五二年七月二九日に本件自動車の修理を完了したこと、原告石山が同日本件自動車を引取らなかつたことは前認定のとおりであるけれども、被告において原告石山に対し履行の準備をしたことを通知して受領の催告をしたことについて何ら主張立証のない本件においては、被告の右主張は前提において既に失当である。

三次に抗弁2について判断する。

前記二、1で認定した事実によれば、原告石山は、本件自動車を買受けたのち、その際受領した鍵一組とこれと全く同一のものと合計二組の鍵を所持するに至つたと推認することができ、右認定に反する原告石山勝也本人の供述はたやすく措信し難い。

そして、原告石山が被告に対し本件自動車の修理を依頼した際被告に預託した鍵は一組のみであつたことは前認定のとおりである。

以上の事実によれば、原告石山は、右修理依頼の際、他の一組の鍵を自ら所持していない以上、これが、紛失その他の事由により、自ら支配し得ない第三者の所持するところとなり、これを悪用されて本件自動車が盗まれるかも知れない危険性のあることを知悉していたものと推認するのが相当である。

そして、右のような盗難にあう危険性を包蔵する自動車を依頼する者は、右の危険性を認識している限り、修理依頼に当たつて、その旨を相手方に告知して注意を喚起し、自動車の盗難の防止について協力すべき義務を信義則上負担するものと解するのを相当とするところ、本件全立証によるも、原告石山において右告知したことは認められないので、原告石山は本件債務不履行に関し過失があつたものというべきである。

そして、前認定の諸事実に鑑み、被告の本件債務不履行による損害賠償額を定めるに当たつては、原告石山の過失割合を五割と評価し、斟酌するのが相当である。

四そこで損害について判断する。

<証拠>によれば、原告石山は、昭和五一年一二月、本件自動車を車両代金七九万円、自動車税等諸費用金一八万七二〇〇円合計金九七万七二〇〇円で買受け、同月一三日、原告会社との間で、本件自動車につき保険金額を金八〇万円とする自動車保険契約を締結したことが認められ、また、被告代表者尋問の結果によれば、原告石山は本件修理依頼の約一週間前に湯河原の中古自動車販売業者に本件自動車を売買の引合いに出したが、金四〇ないし五〇万円の値がつけられ、結局折合いがつかなかつたことが認められ、以上認定の事実によれば、本件債務不履行時における本件自動車の時価は高くとも金七〇万円を上廻らないものと認めるのが相当であり、右認定に反する原告石山勝也本人の供述は措信し難く、他に右認定を覆えし、本件自動車の時価が金一三七万円であるとの原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

そして、前示の本件債務不履行に関する原告石山の過失割合五割を斟酌すれば、本件債務不履行により同原告の蒙つた損害は金三五万円相当というべきである。

五次に、右認定事実、<証拠>によれば、請求原因5の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

六以上の次第であるから、被告は、原告会社に対し、本件債務不履行による損害賠償金三五万円及びこれに対する損害発生の日より後の昭和五二年一二月三一日から支払済まで商事法定利率六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告石山の本訴請求は理由がないから棄却し、原告会社の本訴請求は、右の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(山口繁)

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